パティシエ ただ今修行中
E-CUBE
スポンジがジグザグであったりカラフルであったり、ケーキでお客さんを驚かせたいのです。
泉澤舞子
1980年10月生まれ21才。神奈川県横須賀市出身。
現在は学校に通いながらデボンポートの「ice it !」でアルバイトをしてお菓子の勉強中。
甘さ控えめだが味のあるケーキは日々、自分のフラットにて研究中。
知り合いや、友人に頼まれれば全力でケーキを作る。フルーツタルトが一番の得意であるというが、彼女の作るショートケーキも一食の価値あり。

小学生の頃、近所でよく出入りしていたお宅があったんです。そこの「お母さん」がお菓子をよく作ってくれました。それを少しずつ教えてもらうようになって、この世界に入っていったんです。それともう一つ彼女に影響を受けたことがあるんです。正確には彼女の息子さんの影響ですかね。それは、彼がニュージーランドに住んでいたということ。そんなこともあって中学を卒業すると同時にニュージーランドに行こうと思いました。そこで、親や「お母さん」に直訴したんですが、日本の高校へ行きなさいと、あっさりと却下されました。
厨房で作業をする手を止めて舞子さんは話をしてくれた。その顔からはケーキを作っている時の烈火のような眼差しは消え、ごく普通の21才の女の子になっていた。
高校ではブラスバンド部に入っていてそれに打ち込んでいました。12歳のときに父にトランペットを貰って以来、ずーっと吹いていましたので、音楽は大好きでした。3年生の進路を決めるときには音楽の短大に推薦してくれると担任の先生からも言われていましたし、私自身もそうしようと思ったこともありました。でも、やっぱりニュージーランドに行きたいという気持ちも大きかったんです。今までと違う環境で今までと違うことを経験してみたかったんです。99年の2月にここへ来ました。卒業まで待てなかったわけではないんですよ。式には出なかったけどちゃんと卒業もしました。こちらの高校に行く予定でしたから、新学期が始まる2月に合わせて日本を出発しました。
ニュージーランドへ行くのだからキウイの友達を作りたいと思っていました。それには現地の高校に入るのが一番だと思ったんです。ですからあまり英語を学ぶということにはこだわっていませんでした。でも当然、授業は英語でしたから大変でしたよ。私にとっては高校は2回目だったので、勉強についていけないということはほとんどありませんでしたが、やっぱり言葉についていくのはきつかったです。ただ、それよりも友達を作りたかったし、この国での高校生活を楽しみたかったんです。どちらかというとそっちの方を努力しました。そのことで一番役に立ったのは音楽でした。続けていてよかったなあと実感しましたよ。


音楽の時間にみんなの前で演奏したトランペットが彼女のここでの生活に大きな変化をもたらした。クラスメイトから受けた拍手は舞子さんにここでも生活していくための自信を与えてくれた。その腕前を先生は高く評価。アーミーのブラスバンドに舞子さんを推薦した。こうして現地の高校という世界だけではなく地元の多くの人たちのコミュニティーに入っていくことになる。
Royal Regiment NewZealnd Artilleryという陸軍のバンドでした。最初は軽い気持ちで参加しようと思ったんです。ここでも音楽が出来るんだって。でもそこは結構、由緒正しいバンドだったんです。マウントウェリントンに専用の練習場があって、毎週火曜日の夜7時から練習があって、定期的に発表会もありました。ANZAC DAY にはドメインで演奏もしましたし、サンタパレードも歩きましたよ。2001年の4月にワンガヌイで開かれた全国のブラスバンドの大会「National Brassband Championship」では優勝することもできました。私にとってニュージーランドの生活の柱となるものの一つです。学校が忙しくなったので今はバンドからは少し離れていますがいずれまた復活するつもりです。


一年後、高校を卒業した舞子さんはAUTのビジネスコースに進む。しかしここでの内容に疑問を感じるようになる。
これが私の本当にやりたいことなんだろうかと思っているときに、たまたまパティシエのコースがあることを知り、次の年からそのコースに行くことを決意する。
見つけたときはちょっと悔しかったですよ。なんでもっと早く見つけられなかったんだろうって。それと同時にすごく嬉しくなりました。今まで趣味でやっていたお菓子を本格的に勉強できるのですから。
先生はスイス人でした。ですからヨーロピアンタイプのお菓子が中心です。この国で主流になっているアイシングで綺麗に飾りつけをしていくケーキとはタイプが違います。見た目の派手さというよりは中身で勝負といったところが、どちらかと言えば日本のケーキに似ていますね。学校ではパン、ケーキ、レストランのデザート、などお菓子に関しては全部門を勉強しました。基本的なことから学びましたので、これまで自分では解明できなかった「なぞ」とか「失敗」がひとつひとつ明らかになっていきました。焼きプリンでキャラメルソースから泡が出来たら焼き過ぎで風味が落ちるとか、フルーツタルトは絶対に下地のクリームを見せてはいけないとか、ケーキのスポンジはドライにしてはいけないとか。恥ずかしながらそういう基本をぜんぜん知らなかったんです。そういう知識が増えていくのが本当に楽しかった。毎日キッチンでの実習が5時間。机で講義が2時間。講義は大変でした。私の人生の中で一番勉強したといっても過言じゃないくらい、この2時間のために予習していきました。寝る暇がないくらい本や辞書と格闘してましたよ。教科書には専門用語ばかりでてくるんですよ。先に読んでおかないと絶対に理解できないんです。それが理解できたら今度は覚えなきゃいけない。テストにでてきますからね。たぶん、こちらの高校に通った一年より英語は上達したと思いますよ。


2001年9月17日に行われた「New Zealand Culinary Fare」ではケーキ部門で見事、2位を獲得。これがきっかけでデボンポートのケーキ店「ice it!」でアルバイトをするようになった。
お店ではこの国で好かれるテイストなどを勉強しています。アルバイトなんですがケーキについては味から作る数までのすべてを任されています。お客さんからコンプレインがでたり、お店のケーキが欠品した場合はすべて私に責任があります。初めのうちは、キウイのお客さんからスポンジをもっとウエットにしてくれとか、もう少し甘い方がいいなどの注文を受けることが多かったですね。
私にとってそういう意見はすべて勉強です。個人的には友人に頼まれたバースディケーキを作ることが多いのですが、そういう場合は事前に十分ミーティングをすることにしています。細部まで好みを聞き出して、できる限りその希望通り作るようにしています。そうすることによって私の中に新しいアイディアが増えていくと思うからです。
学校で勉強してきた基本、お店で習得している実践、そして私が日本人として感じるおいしさや美しさをどうやって自分の中でまとめて、そしてどうやってそれを表現するか、それが私の今のテーマです。そうやってできたものでいずれはこの国のケーキをリードしていきたいですね。

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