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一番の感動はブドウを収穫する瞬間です。
木下尚浩(たかひろ)/ウ・キョンファ夫妻
Passage Rock Wine勤務
尚浩さんは大学在学中にワーキングホリディでNZへ。帰国後、5月に福岡で日本語学校に通っていたウ・キョンファさんに出会う。翌年に結婚、その一ヵ月後にNZに入国。初めは生活に戸惑っていたキョンファさんも今ではワイナリーのカフェを手伝っている。
オークランドのワイテマタ湾には、ストーニーリッジをはじめ、数多くのワイナリーがある。その中の一つ、Passage Rock Wineで働く、木下夫妻。エクスチェンジをきっかけに大自然の中で働く道を選んだ。
大学在学中にワーキングホリディでニュージーランドに来ました。旅行中にBPで同じ部屋になった人からファーム・エクスチェンジの話を聞いて、連絡をしたのがPASSAGE ROCK WINESでした。オーナーのデビッドに電話をして、一週間のエクスチェンジをすることになりました。
そこで僕が手伝った仕事はブドウの実の周りの余分な葉を取り除いたり、必要のないツルを切り取るプラッキングと言われること、そしてタッキングといって、木の形を整えるワイヤーから、はみ出ているツルを元に戻すことでした。毎日、無我夢中でハサミを使っていて、あっという間の7日間でした。
最後の日の作業が終わり、ワイヘキを出発する準備をしているときのことです。オーナーは「もう一週間、手伝ってくれないか」と言ってくれました。僕自身、仕事も楽しくなってきましたし、次にどこへ行くというのも決めていなかったので、即OKでした。
そんなことが、毎週のように続いて、結局3ヶ月間、NZの残りの生活をファーム・エクスチェンジで過ごしました。


ワーキングホリディの期間が終了し帰国。大学に戻ったときに福岡に日本語を勉強しに来ていた奥さんのウ・キョンファと出会う。交際を初めてから半年後の00年の12月、二人にとって大きな転機が訪れた。
PASSAGE ROCK WINESのオーナーから手紙が来たのです。事業を拡大するため人を雇おうと思っているが、ここで働いてみないか?という内容でした。
もう一度、NZに戻ることができる。もう一度、ワイヘキで働くことができる。僕にとって大きなチャンスが来たと思いました。さっそく、彼女にはこのことを説明し、理解してもらいました。そして籍を入れ、二人でNZに行くことにしました。


オークランドからワイヘキ島行きのフェリーに乗ったのは01年の4月。ワイヘキ島での生活が始まった。
僕が到着したときは醸造の仕事の最中でした。収穫したブドウをクラッシュして、タンクに入れ、発酵という流れの作業では手を止めることができません。ブドウは待ってくれません。この行程は今日中に、この作業は明日までに終わらせないと、おいしいワインが造れなくなってしまう。また、1日ずれれば、そのあとに待っているすべてのブドウに影響が出てきます。毎晩が徹夜でした。  ヴィンヤードの仕事は傍から見ると、どことなく牧歌的な感じがするかもしれません。事実、僕自身がここの門を叩くまではそう思っていました。しかし自然と共に喜ぶのと同時に、自然と共に泣くこともあります。むしろ泣く事の方が多いかもしれません。ワイヘキに到着してすぐに徹夜の作業に入った僕を次に待っていたことは、ブドウの木がそこにある限り続く木の手入れ作業です。
6月に入るとプルーニングという伸びたツルを切る剪定作業をします。そして7、8月と新しい木を作るために挿し木をします。ワインのブドウの木は根の部分と実のなる部分は違う木です。根の部分、つまり木の台になる部分には丈夫な木を使いそれに各種のブドウの木を挿し木していきます。
また、いいブドウを少しでも多く収穫するためには、木が育っていくのを人間の手で補うことも大切です。10月にはワイヤーに絡み付けていない若い木のツルを一つ一つクリップで留めていきます。そして、ワーホリのときにも経験したタッキング作業を行い、1月には僕が最も大変だと感じるネット張りがあります。
これは一人で黙々と作業をするのではなく、4人でのチームプレーになります。ブドウの木に鳥よけの網を張っていくには、トラクターを運転してネットを引っ張る人、絡まないようにトラクターのスピードに合わせて慎重にネットを送り出す人、それを左右で張っていく人のタイミングを合わせることが重要になってきます。少しでもずれれば、ネットが緩んでしまうこともありますし、張りすぎて木を傷つけてしまうこともあります。なにより、自分のミスが他の人へ直接迷惑をかけるというプレッシャーがあります。何十メートルにもなる重たいネットを動かす体力だけでなく、精神的にも疲れる作業です。
そして、2月、3月にはいよいよ収穫、ピッキングになります。水を吸ってブドウの糖分が薄くならないように、晴れている日を狙って一気に摘み取ります。
このときは涙がでそうなほど嬉しかったです。自分が手塩にかけたブドウを自分の手で取る喜びは年間を通して面倒をみた人間だけに与えられる特権ですから、十分に感動をかみ締めました。


ヴィンヤードでの喜びは自然と共に暮らす者に与えられるものではあるが、その仕事を支える妻の生活もまた、自然と共にあった。「一緒にワイヘキ島に来て生活を始めて間もない頃は、騙されたと思いました」とタカヒロの妻、ウ・キョンファは言う。
フェリーを降りて着いた家はバスも通らない隣の家も遠くにしかないというところです。恐る恐る入った家には水道とガスくらいしか通っていませんでした。ガスも普通のコンロのようにスイッチ一つで点火するものではなく、マッチで火を点けるものでした。初めのうちは恐くて火もつけられませんでした。
その日の夜、何もない中でスライスしたジャガイモを焼いて食べた夕食の味は絶対に忘れません。
本当に何もないところからスタートした生活で私達は少しずつ家財道具を揃えていきました。その中で一番最初に買ったものはなんだと思いますか?それは冷蔵庫や洗濯機やでなくCDラジカセでした。実用品と言うよりもどちらかと言えば娯楽的な要素が強いものですが、これは私たち夫婦で意見がピッタリとあったものなんです。不便さということよりも、雑音さえもない寂しさの方が耐えがたかったのですね。それを手に入れてからしばらくの間、日本の空港で友達にもらった、たった1枚のCDを一日中聞いていました。その後、電化製品を揃えたり、アンテナを取り付けたり、カーテンや食器なんかを買い揃えて、生活の基盤を作っていきました。
それでも、窓や戸に隙間がたくさんある開放的な我が家では、朝起きるとサンドフライにやられて顔がボコボコになっていたり、夏の日照りのときは雨水を貯めるタンクが空になり、ポンプで小川の水を汲んでワイン用のフィルターで濾して生活水にしたこともありました。結局それでも泥だらけで飲料水には使えませんでしたけど。
夫はこういった生活をさして気にしていないようでしたが、私にとっては苦労が絶えませんでした。オークランドに住んでそこから通って欲しいという気もありましたが、体力的にも経済的にも負担が大きくなるため、それは考えないようにしていました。
でも、今ではここの生活を十分に楽しんでいます。島の中でも便利なところに引越しもしましたし、苦労したことが多かった分、自然と一緒に暮らしていく喜びも感じるようになりました。


ワーキングホリディでファーム・エクスチェンジを体験する人は多い。しかし、それが実際の仕事につながるケースは稀である。その要因をオーナーのデビッドさんはこう語る。

エクスチェンジの場合、一週間というのが私の考えです。それは相手がどんな人物なのかわからない時点でそれ以上の期間を手伝ってもらうのはお互いにリスクがあるからです。タカヒロの場合は一週間で本当によく働いてくれました。また、期間を延ばしてくれるように話をしたときも、すぐにOKを出してくれました。お願いする立場では、一から教えなければならない人間と、そうでない人間では当然、後者の方を優先します。また、エクスチェンジを延長していく中で彼は多くのことを学んで行きましたし、そのスピードも速かったように感じます。彼が帰国するときは非常に残念でした。
その後、私たちの事業を拡大することになった時に、誰かを正式に雇おうという話を妻としたところ、真っ先にタカヒロの名前が出てきました。本当ならばビザの手間がない地元の人間を考えるのですが、彼の働きはそれを解決してでも来て欲しいものでした。


仕事を続けているときには失敗もあったとタカヒロは言う。

ワインを樽にいれて寝かしていると必ず少しずつ減るのです。減った部分は空気に触れてしまうので、それを防ぐために毎月、少しずつ樽にワインを足していきます。そのときに一つだけ白ワインの樽に間違えて赤を入れてしまったことがありました。
でも、もう少し大きな失敗もあります。醸造用の大きなタンクで作業をしていたときのことです。AというタンクからBというタンクにワインを移し変えるためにポンプをつなぎ、スイッチを入れました。モーターが回りワインが吸い上げられ始めました。いつものように順調に移し変えが進んでいたときに、ゴーンという、まるでお寺の鐘をついたような大きな音がしたのです。Aタンクの側面が凹んでしまったのです。通常はタンクの上の部分を開けて空気を入れながら吸い上げるのですがそれを忘れていたために、中が真空状態になってしまったのです。今でもそれは残っており、見るたびに気を引き締めなければという気持ちになります。
ここで働くことができて、よかったことはワインを作る行程のすべてを学ぶことができたことです。家族経営の規模で行っているワイナリーですが、醸造のタンクを持っているため、ワイヘキにある他のヴィンヤードからもブドウが持ち込まれ、ここでワインが造られます。ですから、畑の仕事に加えて、醸造の仕事も非常に多くなり、失敗も含めて色々な経験をすることができました。
今後はこの経験を生かし日本か韓国に行き、ワインに関わる仕事をしたいと思っています。
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