映画監督 技術を生かして仕事中
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映画監督
子どもたちが憧れるヒーローを撮り続けます。
坂本浩一・素子夫妻
「パワーレンジャー・ニンジャストーム」
プロデューサー・監督:坂本浩一

70年生まれ、東京都出身。
主な監督作品:パワーレンジャーシリーズ、ウィケッド・ゲーム等
主なアクション監督作品:ドラキュリア、外道(主演中条きよし、松田聖子)等
主なスタント、出演作品:ウィンドトーカ、リーサルウェポン4、ブラザーズ(監督北野武)など多数。
スタント・アクトレス:坂本素子(スクリーンネーム:梛野素子)
72年生まれ、新潟県出身。
主な出演作品:ウィケッド・ゲーム、パワーレンジャーシリーズ、梟の城、メッセンジャー、ウルトラマンティガ、ガイヤ、ダイナ、GTO、ケイゾク、金田一少年の事件簿、など多数
主なゲームソフト:鬼武者、バイオハザード・コードベロニカ、メタルギアソリッド、ディノクライシスなど多数。
テレビの特撮ヒーロー番組は今や日本だけでなく世界中の子ども達から愛されている。レンジャーシリーズは日本では26年、アメリカでは11年を迎える長寿番組である。日本での「忍風戦隊ハリケンジャー」が海外では「パワーレンジャー・ニンジャストーム」となってテレビに登場する。そのヒーロー達の撮影は現在、ニュージーランドで行われており、坂本浩一・素子夫妻は制作に携わっている。アクションスタントの世界に魅入られ、飛び込んだ二人である。子どもたちが憧れるヒーローを撮り続けます。
素子さんがスタントの世界に入ったのは18才のとき。
 小さい頃はテレビや映画をあまり見せてもらえない厳しい家庭で育ちました。大学生のときに子ども向けのヒーローショーのアルバイトをしたのがキッカケでこの世界に興味を持ちました。学校を辞めて東京に行き、AACというスタントチームに入りました。そこは少人数でしたが実力があり日本の映画テレビの第一線で活躍しているチームで、スタントやアクションの技術を身につけるのにとても恵まれた環境でした。女優さんの吹き替えスタントをする上で重要なポイントは技術だけでなく体型の問題があります。女性でスタントをやっている人は、骨格ががっちりしている人や、昔体操をやっていたため身長が小さかったりする人が多いのですが、私は体型に恵まれていたこともあり、多くの女優さんたちのアクションシーンの吹き替えの仕事をいただけるようになりました。体型を維持するのはもちろんのこと、本人の仕草や芝居を研究し、見ている人に違和感を与えない努力もしていました。

 松嶋菜々子、飯島直子、藤原紀香、鈴木京香、中谷美紀、安田成美、江角マキコ、葉月里緒奈、後藤久美子、宝生舞など、素子さんがテレビ、映画、CMなどで吹き替えをした女優さんたちである。また、プレイステーションやセガサターンなどのゲームソフトのモーションキャプチャー、つまりキャラクターの動きのデータを取るという仕事も多くこなしている。


一方、浩一さんは小さい頃からアクションが大好きであった。

 子どもの頃は仮面ライダーなどの特撮ヒーロー番組ばかり見ていました。決定的にハマったのはジャッキー・チェンでした。それで、高校生のときに日本のアクション業界の草分け的存在である倉田保昭先生のアクションチームに弟子入りして勉強したのです。

 卒業後、海外でアクションやスタントをやりたいと思い、ロサンゼルスに行くことにしました。香港ということも考えたのですが、そこでは自分と同じような人ばかりだろう、それならば、まだ、あまり自分と同じような人がいないアメリカに行こうと思ったのです。

 LAに着いて最初は学校に通いました。あせらずに、最初は英語だけマスターしようと思っていましたので、語学学校から大学に進みました。僕の英語の勉強法は簡単に言えば耳から入れることです。相手の話を集中して聞き、それがリピートできるようにする。日本語には訳さない。何度も聞き、この人はこの状況でこの言葉を使っているから、これはこういうニュアンスというように頭に入れていきました。

 それから約一年半後に友人の紹介でLAでの初めての撮影の仕事をもらいました。当時のアメリカは格闘アクション映画がブームでした。しかし、そこでは危険なシーンを吹き替えるスタントマンと、格闘などのアクションシーンを吹き替える人は違う人が担当していました。スタントはスタントマン。格闘シーンは本物の格闘家を使っていたのです。僕はスタントと格闘アクションの両方ができるということで少しずつ声がかかるようになりました。

 こうして撮影の本数が増えていくと同時に、実際に自分がアクションやスタントをするだけでなく、殺陣をつけるファイトコリオグラファーのアシスタントとして参加する機会もでてきました。そして92年には僕の16才からの友人と3人で「アルファ・スタント」という総合スタントをプロデュースするチームを設立しました。「アルファ・スタント」はファイトアクション、カースタント、ハイフォール(高所からの落っこち)、ワイヤーアクション(ケーブルを使って人を飛ばす)など、映画で要求される全てを行うチームです。

 設立にあたり、アルファ・スタントは常にプロの集団でありたいと思い、浩一さん達は一切の手抜きをしないスタントシーンやアクションシーンを提供しようと考えた。例えば高所から落下するシーンを一つとっても、幾つもカットをとって編集でつなぐということをしない。一台のカメラで追い続け、実際に高所から落ち、地面に体を打ちつける。そのため、現在はアメリカだけでなく世界で高い評価を受けている。

 92年にアメリカでパワーレンジャーが爆発的なヒットになりました。これは日本の東映が作っているゴレンジャーからの戦隊シリーズの海外版です。アメリカでは一年目は役者のシーン以外は日本の映像をそのまま使って放送していました。日本では毎年、キャラクターが変わり、コスチュームも変わるのですが、アメリカでは人気を定着させるために三年間は同じキャラクターでいこうという話になり、二年目からは変身後のシーンの撮影の必要性がでてきたのです。
 その話を知人のプロデューサーから聞き、僕はパワーレンジャーの制作会社に行き、制作に携われるよう話をしました。
 そして、日本から仲間を6人呼び寄せ、94年からパワーレンジャーの撮影にアクション監督として加わりました。やがてアクションだけでなくドラマ部分の監督、プロデューサーとして、脚本の原案なども手がけるようになりました。

 僕はコスチュームを身にまとい、仮面をつけてアクションをするのは日本の伝統芸の一つだと思っています。これは他の国の人たちには表現が難しい部分で、理解されるのには時間がかかります。なぜなら、僕達日本人は小さい頃から戦隊シリーズなどの子ども番組を見て育っているので、自然に頭の中にその動きがインプットされています。だから、自然にヒーローの動きが理解できる。例えば、振り返る動作一つにしても、ヒーローは格好良くなければいけません。そのためには、ただ振り返るのではなく、頭を先に動かし、そして体を反転させるなどの動き方の基本があります。また仮面をつけたまま感情を表現しなければなりません。顔では演技ができないので、体全部を使って感情を表します。そして最も重要なことはメリハリをつけることです。このメリハリが一番難しいのです。一つ間違えればオーバーで滑稽な動きに見られてしまうからです。


素子さんと浩一さんが出会ったのは 年のロサンゼルス。アルファ・スタントとAACの共同制作映画「ウィケッド・ゲーム」の撮影のときである。その作品で素子さんは主演女優、浩一さんは監督として出会った。
 私にはとても刺激的な撮影でした。アクション映画が少なく欲求不満がちな日本の現場と違い、信頼できる仲間とより高い水準のアクション作品を作るために努力する充実した毎日でした。またこの映画がキッカケで香港映画にも出演。いよいよ海外に出ようという気持が強くなり、01年の2月に日本を出発しました。最初は香港に行き、デモテープを持って制作会社に営業をしましたが、香港のトップレベルのアクション監督はみんなハリウッドに移っていたため、私もアメリカを拠点にして活動していく決意をしました。LAには以前一緒に仕事をしたアルファ・スタントのみんながいることも心の支えとなりました。


こうして素子さんは再び浩一さんと仕事をすることになり、02年4月にLAにて結婚。
同じ年、パワーレンジャーに大きな異変があった。親会社がディズニーに変わったのである。

親会社の方針で撮影をニュージーランドで行うことになりました。ロケーションやコストパフォーマンスが良いからだと思います。それで僕と9人の日本人アクションスタッフがディズニーと再契約して、ニュージーランドに移ることになりました。それに伴いドラマの部分でもアットホームな感じを出していくことや、ファイトシーンの描写を替えたり、敵役もジョークを言うようになったり、単に勧善懲悪の話でなく、ストーリーに膨らみを出していくことにもなりました。

 この国に移ることが決まったときは不安も多くありました。10年一緒に仕事をして、日本のアクションを理解してもらってきたスタッフはもう誰もいません。新天地で新しいスタッフを再度、育てる必要があります。

 8月に下見で訪れて、9月にはこちらに来ました。NZにプロダクションが移るという作業は大変で、モンスターのコスチュームが税関で止まって入国できないというトラブルもありました。こちらに着いてからは現地のスタントマンを募集しました。「Zena」(ジーナ)の経験者が多く、良い技術を持った人が集まりましたが、パワーレンジャーのスタントは特殊なので合同練習を何度も行いました。パワーレンジャーではお互いにマスクをつけて演技をするので相手が良く見えないことが多々あります。ですから殺陣のタイミングをしっかり合わせる必要があるのです。

 問題もありました。それはNZのスタントマンは体が大きくて、コスチュームが入らないということです。基本的にコスチュームは日本の撮影で使われたものを使用しています。すべて日本人サイズです。LAでは東洋人のスタントマンが多くいたため、サイズの点ではあまり気にしたことがなかったのですが、ここではモンスターのお面が全然入らなかったり、コスチュームが破れそうになったりするため、戦闘員役を中心に配役しています。

 NZのロケーションは自然が豊かなためとてもきれいな画面が撮れます。またスタッフは自然環境の中でのロケにすごく慣れていて感心させられました。滝での撮影のため、下見に行くと、車から、ロケ現場まで、山を下り歩いて行かなければならなかったので、器材が多い撮影では時間がかかると判断し、その旨をスタッフに伝えましたが、キウイのスタッフは全然大丈夫と笑っていました。撮影当日、車が着くと同時にスタッフは総出で器材を持って現場まで走るように往復し、手馴れたものでした。もしこれがアメリカならば、どうしてこんな不便な場所で撮影をするのだとブーイングの嵐がきたでしょう。

 ここでは本当に気持ちよく仕事ができます。器材移動の時などは、私たち役者の人間も含めてみんなが手伝います。アメリカでは仕事が完全に分業されていてカメラ、照明、音声、メイクなど、それぞれが自分のパートを完璧にこなすということだけでした。この国でももちろん各仕事は分業されていますが、お互いに助け合うというところにニュージーランド人の人柄がでているのではないでしょうか。また共演している役者さんたちもすごく大らかでとても楽しく仕事をしています。天候の変わり方の早さには驚きました。ある日現場に着いたら日本やアメリカなら絶対に撮影中止になるような土砂降りの大雨でした。ところがスタッフは、私たちに、ようこそニュージーランドへ、これがこの国の天気だよと言って悠然としていました。すると30分後には青空が広がり、太陽が燦々としていたなんてこともありました。


パワーレンジャーの撮影はニュージーランドでまだまだ続けられる。
 ニュージーランドでは残念ながら現在はテレビでその姿を見ていただくことはできません。この撮影を機会に放映して欲しいと思っています。
 現在、アクション、スタント業界は慢性的な人材不足になっています。若い人材が集まりません。危険が伴う仕事ですから厳しい部分もありますし、自分自身で努力していくことも並大抵ではありません。そのためでしょうか、この業界の門を叩く人が少なくなっていますし、すぐに諦めて辞めてしまう人も多いのが現状です。また、ブルース・リーやジャッキー・チェンなどに続く、目標となるような人が不在ということも原因の一つだと思います。ですから、僕たち二人は、男の子や女の子がテレビや映画を見て「あんな風になりたい」と思ってくれるような、ヒーロー、そしてヒロインが活躍する作品を作りたいと思っています。
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