美容師 技術を生かして仕事中
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美容師
日本人が日本人美容師に求めているものは技術だけではありません。
高橋 尚子
BLUE BLUE - Stylist Director
72年生まれ。兵庫県出身。
小学生の時から美容師に憧れ、高校卒業後、ル・トーア東亜美容専門学校の2年制に進み、そのまま同校にて職に就き美容師と講師を行う。その後、ニュージーランドへ来て、2店舗の美容室を経てBLUE BLUEを立ち上げる。最近は日本人を含めたアジア人だけでなく、その技術の高さを評価され、ヨーロピアンの固定客も口コミで増えてきている。
ほんの数年前までは、ニュージーランドで生活しているのだから少しくらいボサボサの髪でもいいや、という意見が正論のように言われていた。しかし今、同じようなことを言う人は確実に少なくなってきている。急速に都市化が進み、カレン・ウォーカーのような世界的ファッションデザイナーが輩出される中で、身なりは少々悪くてもという言い訳はもはや通用しなくなってきている。このことはヨーロピアンに比べて髪質が硬いといわれる我々日本人にとって、日本人ヘアスタイリストはニュージーランドで生活する中で欠かせない存在になっているということを意味している。
 小学生の頃から美容室の空気というか雰囲気そのものが好きで、美容師という職業になりたいと思っていました。それで、高校を卒業してすぐに2年制の専門学校に通ったのです。この2年制というのは学校の中で勉強とインターンを行うもので、その頃ではめずらしいシステムの学校でした。
 当時の美容師免許を取得する順序としては、1年間学校に通い、その後インターンとして美容室で1年働き、そして国家試験の受験資格を得るというのが普通でした。しかし、平成10年からは美容師の技術向上を目的として、学校がすべて2年制になったのです。
 学校に通っているときは楽しくて仕方がありませんでした。自宅から学校までは片道が約2時間かかり、朝は5時半に家を出なければ授業には間に合いませんでしたが、一度もそれが辛いと思った事はありません。ですから当然、勉強の方も自然に身が入っていました。
 多くの美容師の卵がそうであるように私も休みの日にもカットやパーマの練習を続けていました。国家試験の科目の中にパーマのロッドを巻くワインディングというのがあります。63本のロッドを決められた型に15分以内に正確に巻くという内容です。この練習のために朝から晩までロッドを手にして、数えてみれば一日に何千本もののロッドを巻いたりして、周りからは好奇の目で見られていました。それまで、楽しい事はいっぱいありましたが、こんなにも集中したことがなかったために、本当に好きなことが見つかれば、人間は際限なく没頭できるものだと思いました。


卒業後、美容師として、そして講師として学校に残った。
 卒業後の進路を決めるときに副校長からそのまま学校に残らないかと勧められました。私が通っていた学校では、美容室を4店舗持っており、その美容室の勤務と学校の講師をすることが仕事の内容でした。こういった二つの環境で働く機会はめったに持てるものではないため、私はその勧めを受けることにしました。500人の生徒のうち私を含めた10人が学校に残りました。
 ここからはまた、私にとって新しい勉強が始まりました。自分が学生のときよりも勉強したのかもしれません。一週間のうち半分が美容室で、ヘアスタイリストとしての一般業務を行い、半分は学校で講師として、生徒と接していました。
 授業では座学と、テクニックの部分、特に実技、トレーニングを受け持っていました。
 座学では美容師として必要な知識である髪の毛の構造、パーマの理論、カットの手順などを理論とデモンストレーションで説明していました。一方、実技ではまず、髪の毛を切るときに基本となるパターンの説明します。その内容をここで簡単に言うとしたら、「ここは何センチ」「ここは何センチ」というように生徒に説明していたのですが、人間の頭髪は草刈りのように、平らな地面から何センチと言うわけにはいきません。例えば髪の毛の根元から正確に5センチを測ってカットしたとしたら、毛先のできあがりは頭の形に沿ってまばらになってしまいます。
 また、髪の毛は伸縮します。その割合は、髪の毛が濡れている時の方が、乾いている時よりも大きいので、それも考慮して出来上がりの形をイメージし、カットすることを教えていくのです。座学での私の説明はそのまま実習に反映されます。生徒の実習の出来具合は私にとって上手く説明できたかどうかのバロメーターでした。


講師としての経験は美容師としての成長に役に立ったという。

 こうした授業は、私にとってもまた授業のようなもので、多くのことを学びました。生徒は私の一挙手一投足を見ています。それは生徒の実習の時にできあがる髪の毛の形に表れるだけではありません。生徒は実際にカットやパーマの練習をするときには私と同じ位置に立って行います。そういった生徒の姿で自分が実際にお店に出ているときの姿を客観的に捉えることができました。
 また、講師として生徒から受ける質問には正確に答えなければならないため、理論もしっかり頭の中に入れておくことが必要でした。毛髪の伸縮のことでもそうですが、生えている方向や、パーマをかけるときに起きる化学反応など、自分が行うことや教えることすべてについて、理由が必要です。学校を卒業して、実際の業務に携われば覚えた理論はやがて経験的にも体得します。私の場合は講師をする事によって、その体得したものを経験だけでなく、常に理論として客観的に捉えることができました。
 もう一つ、美容師に必要な感性の部分では、多くの生徒達とのコミニケーションが貴重な情報源でした。私が担当した8クラス、美容師を目指す約500人の感性はそれぞれです。実習でカットやパーマを練習するときに、生徒たちは同じウィッグという練習用の人形を使って、同じ型に仕上げても、500通りの型が出てきます。それは自分が、気がつかなかったことを発見する糸口になりました。
 美容師としての勉強はもちろん講師の部分だけではありませんでした。こうした経験のほかに、私の学校では美容師の海外研修もあり、そこで、感銘を受けました。働き始めて最初の年にパリのロレアル本社で3回研修して、私は、フランスでの美容師の地位の高さに驚きました。自分自身はまだ美容師になりたてでしたし、期間が短かったために、どういった技術がどのようにすばらしいかということは、あまりはっきり覚えていませんが、私が会ったパリの美容師全員に、自分がファッション業界をリードしているのだという意識が感じられたことを覚えています。


97年にニュージーランドにワーキングホリディとして入国する。

 ヘアスタイリストと講師という生活を続けていることには何も不満はありませんでした。むしろ楽しい毎日でした。ただ、それは大きな組織の中での一人であり、これでは自分は井の中の蛙になってしまうのではないだろうか、そんなことを考えているうちに、自分のことを誰も知らない所に行って、どれだけできるのかを試してみたくなってきたのです。それでニュージーランドに来たのです。この国を選んだ理由は単純でした。山岳ガイドをしている親戚がいて、その人にニュージーランドはいい国だよと言われたからです。
ニュージーランドに来るにあたっては最初から仕事を考えてきましたし、実際にすぐに仕事を始めたので、ここに来て約6年になるのですが、未だに旅行らしい旅行はしたことがありません。それよりも私にとっては、ここでも多くのお客様と接していることが一番楽しい事でした。


02年9月に自らの店「BLUE BLUE」をオープンさせた。

 この国では日本よりも、プロとして仕事をしている緊張感があります。理由の一つには言葉での影響ということもあります。日本人以外のお客様とは当然、英語での会話になります。そのときによく、「あなたはプロなんだから、私に似合う髪型をさがして」とか「プロなんだからこの髪型にして」というように、話の中にプロという言葉が出てきます。もちろん日本でも同じ内容の会話が交わされていましたが、プロという言葉が出てくることは、まずありませんでした。日本で生まれ育った私にとってこのプロという言葉は自分の意識を高めるのに非常に役に立ちました。これを聞く度に、そうだ私はこれが好きでこの道に入ったのだと常に初心に戻ることができます。また、中国の人が日本人のヘアスタイリストにカットしてもらうことが一つのステイタスだということもこの国へ来て知ったことの一つでした。


日本人が求める美容室
 日本人のお客様が、日本人のヘアスタイリストに求めるものの一つは言葉、そしてそれに伴う微妙なニュアンスだと思います。つまり日本で受けていた美容室と同じサービスを、日本語で求めているのだと思います。日本でスタイリストを経験している人であれば技術があるのは当たり前の話です。それは一度来てもらったお客様が再び自分のところに来てくれるかどうかですぐにわかることです。ただ、日本のお客様は技術だけでは十分に納得できないのではないかと思います。そこで私は日本と同じように個人のカルテを作成して、個々のお客様を店全体でサポートできるようにしています。これには髪の特徴や、そのときに使用したパーマのロッドの番号や本数をはじめ、様々なことが細かく記入してあります。これは、例えば、お客様が仕事の都合でどうしても今日の予約を入れたいという場合で、運悪く担当のヘアスタイリストがカゼで休んでいるといったときでも、そのカルテがあれば前回と同じ施術ができるのです。
 また私は多くの人が利用しやすいように営業時間を9時までに延ばしました。お客様の中には昼間に仕事をしている方や、学校に通っている方も少なくありません。そういったお客様が自分の時間に合わせて来店できるようにしたいと思っていたからです。
 そして、もう一つ美容室として大切なことは人が集まる空間、お客様が心地よい空間を演出することだと考えています。これはサービス業であればすべて同じことだと思います。美容室に来てもらうということは、外見を綺麗にしてもらうことだけでなく、精神的にもリフレッシュしてもらうという意味もあります。お客様が来てカットする。その間に当然、会話があります。その時にこちらの精神状態は相手にも伝わります。つまり、私達スタイリスト側がいつも楽しんでいることは大切なことなのです。講師をしていたときには生徒の精神状態が実習のできあがりを大きく左右していた記憶がありますし、実際にお店でもスタッフのコミニケーションが取れているときとそうでないときでは雰囲気が変わります。そういった、いい雰囲気や空間を常にキープしていきたいと思っています。
 私が「BLUE BLUE」をオープンさせたのは、自分が美容師として表現したいと思うことを実現するためです。個人カルテであったり、空間作りであったり、「BLUE BLUE」の一つ一つに反映させています。また、「BLUE BLUE」は多くのお客様の支えによって開店することができたので、そういったお客様に恩返しをする意味も含め、単に技術だけではない、システムや心地いい雰囲気を提供していきたいと思っています。
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