小児心臓外科医 英語の達人、その秘訣
E-CUBE
小児心臓外科医
「NO」と言えるのは言葉の内容を本当に理解しているからです。
笠原 真悟
グリーンレーン病院小児心臓外科医
長野県出身。北里大学医学部を卒業して以来、心臓外科医として多くの病院で現場に携わる。ある一人の教授との出会いをきっかけとしてオーストラリアのシドニーの病院で働く事となり、家族と共に海外へ。その後、02年グリーンレーン病院で働くためにニュージーランドへ。仕事が終わると、毎週火曜にはサッカーチームでゲームに参加。土曜には日本人補習校の子供たちとサッカーを行い、スポーツに汗を流している。

横浜市とほぼ同じ390万人が暮らすニュージーランド全土でただひとつの子供のための心臓外科を持つグリーンレーン病院。約50年程前から、心臓外科の手術を始めた病院の一つとして、世界から多くのドクターが手術を見学に来るほどの伝統と権威を持っている。そこでは年間約400人もの子供の心臓手術が行われている。その中で笠原さんは小児心臓外科医としてメスを握っている。一人の患者の命を左右する仕事のため、患者、患者の家族、病院スタッフとの普段からのコミュニケーションを大事にしていると言う。
英語との関わり
 中学の頃、英会話クラブに所属していました。そこでは簡単な劇をやっていました。英語が特に好きという訳でも、できたわけでもありませんでしたが、その頃が初めて英語に興味を持った時だったと思います。
 その後は高校に進学し、将来、手に職を持ちたい、持った技術により人の命が救えるのなら、それはすばらしいことだと思い、医大を目指す事にしました。とはいっても受験のための勉強は他の学生たちと、とりわけ変わりはないと思います。学校で学んできた事を繰り返し勉強し直すということでした。机の上での勉強ですから文法を一から勉強し、練習問題を解いていくという事の繰り返しです。英語を解くことに慣れるための勉強法でした。
 また、『試験に出る英単語』という本を購入して、そこでの単語はすべて覚えました。ボキャブラリーを多くして文法を頭にたたきこみ、試験に備えるための勉強を行っていました。当たり前の事でしたが地道にコツコツとやっていく事により自分のものにしていきました。
 今思うとその時期に勉強したことは、私の英語の基礎となるものだったと思います。文法の基礎を学ぶ事ができましたし、その当時覚えた単語は英語で書かれた論文を読む時におおいに役立っています。
 医学部に入ってからは専門用語の中で英語やドイツ語といった外国語に接する事となりましたし、いろいろな症例を学ぶために論文を読んだりする事が必要でした。もちろん、それは日本人の教授たちが書いているものだけではありません。大半は海外のドクターや教授によって書かれているものでした。
 カルテを書くときにも英語を使います。患者を診察しているとき、カルテは患者に見られてしまう事もあります。そんな中で場合によっては見られてはいけない内容を書かなければいけません。患者の状態によってはガンという病名を書く場合もありますし、症状が悪い場合には悪いと書かなければいけません。ですから、大学に入ってからすぐに教育された事ですが、医者同士の会話の中でもカルテの中でも患者に悟られないように注意を払う事が必要だったのです。そのため最低でも英語を使う必要があったのです。ですから医学部に入る事は英語を普通に使わなければいけない環境に入るということでした。 カルテを書く際に患者の調子がいいときにはCondition Stableといった具合に書くことから始めました。病名や症状、解剖用語は世界共通のものですから単語を並べて記載することから慣れていきました。
 後に学会に参加する事も多くなり、その場では英語で発表したり聞いたりするのが当たり前でした。英語が公用語のようになっていたので仕事をしていく中で必須でした。英語の文章を繰り返し、読んだり聞いて、実際に使うことによって慣れていきました。
当初の英語
 大学を卒業して、しばらくして、埼玉の県立小児医療センターに入局しました。そこで子供たちが心臓手術を受けて治っていく様子を見て感動したのです。大人と違い、子供は大変デリケートです。すぐに熱を出したり、ほんの些細な事で病状が変化します。薬のさじ加減一つで死に至ってしまう事もあるのです。そういった子供達が手術することで病気が治り、そして、晴れやかな顔で退院していく。こうした日々繰り返される光景の一つ一つに感動しました。
 ちょうどその頃は、私に初めての子供が生まれたときでした。そういったこともあり、子供を手術をする際には傷をきれいに縫ってあげたい、100%完治させてあげたいという思いがそれまで以上に強くなりました。そのために、自分自身の技術をもっと高めて多くの子供たちに還元したいと思いました。
 日本では一つの施設で年間平均120?130人の子供が手術を受けています。ドクター一人あたりでは60?70人でしょう。一方、海外ではもっと実践を積む機会を持つ事ができることを他の病院の教授達との出会いが多い会合を通して知ったのです。
 そうして、ある教授の推薦でオーストラリアのシドニーの病院で働く機会を得て、01年に渡航しました。オーストラリアに着いてから、仕事までの1ヶ月間は生活の準備をしなければなりませんでした。
 まずは家探しです。家族が住める大きさの家であること、病院からなるべく近い事などを伝えて、その条件に合う物件を紹介してもらうという、やりとりをするつもりで不動産屋に行きました。ですが実際には相手にうまく伝える事ができませんでした。まして、相手の言葉を理解するのも大変でした。そのことは、大変ショックでした。
 というのも出発前の数ヶ月間、仕事が終わってから英会話スクールに通って英語に慣れておいたつもりでいたからです。また、仕事では専門用語や論文の読み書きで英語を使っていましたし、英語を使うのが当たり前の環境で仕事をしていたので、海外に出ても何とかなると思っていました。
 仕事の内容においては決して、海外の医者にも引けを取るものではないと思っていましたし、同じ医者同士、仕事では通じるものがあると思って、海外に出る事にしたのですから。
 ですが、仕事ではなく日常生活の中で、私は海外に出る事で生じる言葉での障害を少し甘くみていたとそのとき痛感しました。

習得方法1
 シドニーで暮らしていたときには街の中心から離れたところでしたので日本人は、ほとんどいませんでした。ショッピングセンターに行って、買い物をするにも、どんなことをするにも英語でした。
 普段の病院の仕事でも、もちろん英語です。会話をしているときに日本人に良くありがちなことで理解してないのに「Yes」と言ってしまうことがあります。それは無意識にやってしまいがちだと思います。あるとき同僚に「Yes」と簡単に言うなと言われた事がありました。「No」と言えるように練習してみろと言うのです。「No」というのは言葉を理解していて、初めて言える言葉だと言うのです。
 それ以来、私は「No」といえるだけの理解を深めるために会話の中でいろいろな事を試してみました。会話中でわからなくなると「Please say another word?」とか「Pardon?」といった具合に違う単語で言ってもらったり、もう一度言ってもらうように頼むようにしました。会話の中でわからないであいまいな返事をするとか、笑ってごまかすと言う事は英語を理解することの妨げになるだけでなく、相手との信頼関係をなくしてしまう事になると考えたのです。わからないことを恥ずかしいと思い、適当に流してコミュニケーションが取れないより、とことん聞いて理解を深める事の方が大事だと思いました。
 また、時には、「んーっ」と考えることが相手に悩んでいると言う事を意思表示することと思いました。例えば、会話の中で、「んーっ」と考えると相手は違う言葉に言い直してくれたり、ゆっくりと言ってくれたりします。動作を相手に見せる事によって相手に意思表示をしているのです。
習得方法2
 仕事では日本にいたときから論文を書いたり読んだりする機会に恵まれました。恵まれてたと言うよりはそれを読み書きしなければ仕事が成り立たないと言った方が正しいのかもしれません。
 医療の世界では昔からデータを蓄積して次に活かすという形で日々進歩が遂げられてきました。病院内でもカンファレンスを通して患者の状態、術後の経緯、手術の方法など情報を共有するようにしています。ですから、論文を読むということは患者に適した手術方法などを決めるための手がかりになる事が多いのです。ドクターが論文を通して世界中で情報を共有すると言う事なのです。
 論文はどちらかというと日常では使わない堅苦しく、丁寧な言葉遣いが多く使われています。ある症例などについて、その事実を論理的に組み立てて検証しているわけですから当然です。「〜だと思う」とか、「〜だろう」などといった推測する文章はありません。「○○といった症状だから□□である」というような書き方で構成されています。その中では解剖の呼び名や道具の名前などの専門用語が入ってきます。ですから自然と論文の読み書きを通して、英語のいいまわしを文章として覚えていくことができたと思います。
 読み書きを繰り返していくうちに、よく目にしたり、使う単語や言い回しは身についていきます。ですが会話となると別です。英語の言いまわし本来の微妙なニュアンスや使い方を知らなければいけません。辞書を引いてみてもわかるように、一つの単語を取っても、いくつかの意味を持っていますし、相手によって使い分けなければ、その単語を本当の意味で理解して、使いこなせているとはいえないと思います。
 実際、私も恥をかくことはしょっちゅうありました。ですが微妙なニュアンスや使い方を知らなければ本当に使いこなせるようにはなりません。英語を生活の中で実践として試すということは英語上達には不可欠であると思いました。
仕事での英語
 病院で働き始めの頃は手術中にメスといっても通じなかった事がありました。メスはナイフやブレードというのです。また、ちょっと看護婦に「ここ消毒しておいて」と簡単な指示を出すときに困りました。
 病院内では看護婦や他のスタッフに何かをしてもらうために、常に指示をしなければ仕事になりません。そういった指示をするときの会話は専門の会話でもないですし、日常会話でもありません。
 たとえ、英語圏で生活を長くしていても、そういう会話には出会うことは少ないと思います。実際、私自身、日本で仕事をしていた時には考えた事もなかったことでした。
 医学の専門書を探しても、そんな事は出ていませんし、英語の教科書にも載っていません。日常でもなく、専門というほど専門でもない言葉使いに悩まされたのです。そこで現場の看護婦や同僚からそれらの事は随時現場を通して教えてもらいました。
 その後、シドニーの上司の推薦からオークランドのグリーンレーン病院で働くために02年にニュージーランドに来ました。
 ニュージーランド人をはじめ、移民していたアジアの子供達、近隣のタヒチ、サモアといった島々からも手術をするために多くの子供が運ばれてきている病院です。
 現在、日本を含め、世界的に業務体系が厳しく、経営的にも難しいということから、小児科医が不足しています。
 そんな中でこの病院は小児科専門の心臓外科を持つため、技術はもちろん、それ以外の事でも学ぶ事が多いと思いました。
 日本では外科医は手術以外にも術前、術後の患者のケアなど多くの事をやらなければいけません。しかしニュージーランドでは患者の入退院時に関わる内科、手術を行う外科、看護婦、手術の順番などをコーディネートする秘書、担当医のサポートを行うレジストラと呼ばれる研究員など、多くの人たちが連携を取り合い、効率的な分業体制で病院が運営されているのです。
 その環境で私は外科医として手術を担当しています。それを行う際に必要なことで最も重要な仕事の一つに患者サイドから承諾書を取るという作業があります。
 日本でもそうでしたが、非常に神経を使う作業です。それというのも手術を行うことによる死への危険性について、ふれなければならないからです。
 患者のご両親からの質問でよくある事ですが、自分の子供が大変元気に走りまわれるのになぜ手術する必要があるのかというのです。
 その場合、私はこのように説明しています。
 元気に走っている子供でも心臓手術が必要な子供であれば、大きくなれば今よりも心臓に負担がかかることは確かですし、場合によっては動けなくなってしまう事があります。そういった将来の可能性を含めて、早く手術をする事による患者のメリット、手術による死への危険性を説明するのです。
 一般の人は医療の知識はありません。心臓の構造といっても何がなんだかわからない人のほうが多いと思います。言葉によるミスコミュニケーションがあってはならないシビアな状況ですので私は絵や図などを使って患者サイドにわかりやすく説明するようにしています。
 また、承諾書を取る以前から病棟で患者や家族とのコミュニケーションをこまめにして、信頼関係を作るように勤めています。「タヒチのどこに住んでるの?」 「兄弟は何人?」などといった本当に簡単な事から始まるのです。子供たちとのそういった何気ない会話から、生きた英語を含んだ、いろいろな国の文化や風習に触れる機会を多く持っています。
 手術後にはディクテーションいう手術記録を残すためにテープに声を吹き込む作業を行います。これはテープに患者の詳細、手術の術法などを英語で吹き込み、秘書にテープを渡して、テープを起こしてもらうのです。書類作成をお願いするわけですから、相手のわかりやすい言い方やクリアーに聞こえるように気を使います。録音が終わったテープを聞きなおし自分自身でそれらをチェックしてから渡しています。それらは自分のスピーキングの欠点を直すのには、いい練習法になると思います。
 病院内では院内メールで連絡を取っています。相手はもちろんネイティブですから彼らの送ってくるメール一つ一つに良い表現方法がつまっています。私はノートにそれらを書き留めるようにしています。そして、実際にそれらを使うようにしています。
 私は自分が普段生活している、まわりにある環境の中に英語を上達させるためのヒントがたくさん隠されていると思います。机の上での勉強は悪い事だとは思いません。それは英語上達をするために必要な事の一つではあります。ですが実際に海外で生活をしていく上では実践で学ぶ事は大変重要なことだと思います。
 机の上で学んだ事を実践で使い、そこで使い方を学んで自分のものにしていくのです。そのためにはいろいろな方向からアプローチしてみるのもいいと思います。英語を学ぶ事にに対してこだわりを捨て、いかに貪欲になれるかが上達への近道だと思います。
 今後も私はネイティブになれないにしても多くの人とコミュニケーションをできるように勉強していきたいと思います。
笠原さんの英語上達ポイント
1. わからなければ相手にはっきりとわからないと言い、理解するように工夫してみる。
2. 本やメールなどで気になった言いまわしをノートに書き留め、使ってみる。
3. いろいろな環境の人と積極的に触れる機会を増やす。
前ページへ戻る

NZ留学情報センター:ホームへ戻る