ニュージーランド親子留学体験談  
 
 
E.Kさんの体験談2回目。日本に帰国してからの回想。


●親子留学を振り返って
当時中学を卒業したばかりの長男、中2に進級したばかりの二男、小4の長女と、小2の三男を連れて、ニュージーランドのオークランドへやってきました。その時からスタートした、親子5人のニュージーランド留学も、長男と次男以外は2008年末、3年8ヶ月で幕を閉じました。
失敗とハプニングの連続でしたが、長女と私、何とか無事に帰ってきました。2年前すでに帰国していた三男と、日本から支えてくれた主人には、さびしい思いをさせましたが、貴重な体験をさせてもらった、と感謝の気持ちでいっぱいです。
5人の体験は犠牲がともなった分、かけがえのない貴重なものになったと思います。この体験がこれからの生き方に大きくかかわってくると思います。ということで、私達それぞれの体験を振り返り、重要なポイントを記録していこうと思います。後に続く方たちの参考になれば幸いです。

●思い立った理由
長男の和任はこの3月にオークランド大学の工学部に入学しました。4年前の2005年3月、中学卒業する彼に高校留学を説き付せ、オークランドにやってきたのがついこの間のような気がします。
世の中ますます国際化し複雑さを増していますが、4年前、私達夫婦が考えたことは、「時代とともに英語の重要性が大きくなってきている。子供達に国際性を身につけさせたい。」ということでした。それと、忙しい日本社会、型にはまった日本の学校教育から抜けだし、個性を重んじる海外で、のびのびと育ってほしいとの思いがあったからでした。実は、私自身が海外生活を体験したいという気持ちが強かったので、4人のこどもの留学に私も便乗し、オークランドへやって来たのでした。

●長男の留学体験
高校入学時に留学。まずは語学学校3ヶ月間
長男は次男とともにAuckland CityのPanel にあった語学学校に入学しました。そこで3ヶ月間、世界中から集まる同じような若者に混じって、英語を集中的に勉強したのです。直接、現地の高校に入るより、まずは語学学校で準備をしたほうが効率的とのアドバイスをもらったからでした。おかげで、そこで学んだことは高校の授業でとても役に立ったようです。
彼は説得されて留学したのでしたが、気持ちの切り替えが早く、環境に適応しようとしていったようです。冒険心や探究心、何より好奇心が強いと改めて感じました。長男として頼もしく思えてきたものです。

●高校生活
ニュージーランドの学校は1月(実際は2月)に始まって12月に終わります。現地高校に入った7月には、一年の半分は終わっていました。残る2学期がYear11(高校一年相当)ということになりましたが、NCEAの単位やレベルを取得していくには続くYear12(高校2年) と、Year13(高校3年)で必要単位を取得しきれず、もう一年、学校に通いました。
私が見てたいへんだと感じたものに、英語単位取得のためのエッセイ作成がありました。大学入学資格のひとつに、NCEAレベル2以上の読み方と書き方の単位が必要だそうで、読み方については、読書感想文を9つ、書き方についてはエッセイを3つ仕上げなければならないということでした。英語を母語とする生徒でも、最低レベル取得が困難とされているエッセイ。ましてや留学生は困難を極め、ESOLの先生から、きめ細かな指導を受けながら、感想文、エッセイを仕上げていきました。
物理や生物、数学の試験も、選択肢から選ぶ問題などはほとんどなく、すべて論文で回答しなければならないとのこと、試験時間も3時間に及ぶこともあり、体力も必要だなと感じました。
結果的に、11月末に行われるPrize giving day には その年度に良い成績を納めた生徒がそれぞれの部門で表彰されるのですが 、毎年、数種目で表彰され、それがまた自信につながりました。

●オークランド大学への道
ニュージーランドの教育システムのなかで、共通試験であるNCEAは高校卒業と大学入学には必須のものです。大学入学の際、各大学、学部ごとに、高校で何の単位がいくつ以上必要という規定があります。それを念頭において、高校で受講する科目を選び、要求されるExcellence や Merit の単位を数多く取ることが大切です。ちなみに、Excellenceは「優」、Meritは「良」、Achieveは「可」という意味です。
特に工学部や、医学部などのレベルの高い学科は、かなりの数のExcellence や Merit の単位が必要とされるようです。
彼の場合、数学、物理が得意で好成績も得られたし、技術系の事をするのが好きだったので、工学部へ進むことを決めたようです。そして、レベルが高く設備の整っているオークランド大学を選びました。ちなみに、オークランド大学は世界的にもレベルが高く、また工学部は大学内で一番人気が集中する難しい学部だとのことです。集まってくる学生の質も高く、切磋琢磨できると私も期待しています。
後輩へのアドバイスとしては、前述したように「自分が将来、何をしたいかを思い描き、どこの大学に入りたいか、そのために高校の単位がどれくらい必要かを知ることが大切で、時間割作成は慎重にやるべき。」とのことです。
高校によっては、NCEAではなく、ケンブリッジ試験を採用しているところもあります。ニュージーランド国外の大学、たとえばイギリスの大学を目指すなら、ケンブリッジ試験採用の高校を選ぶべきです。

●大学では 
早いもので、学校が始まってすでに一学期がおわりました。きいたところ、「大学は自由で活気にあふれている。 高校では、やる気が無く授業をサボったりする生徒がいたが、大学では皆、自分の意思で勉強しに来ているというのがよくわかる。しかし一方で、羽目をはずすときは思いっきりはずし楽しむ。」というものです。大学に合格するのは、日本の有名大学に入学するほど難しくないらしいです。しかし、入ってから卒業までは厳しく、ひとつひとつの課題や試験を乗り越えていかなければなりません。授業の前にやることは山ほどあって、かなり忙しい毎日のようです。どこの学生もおなじですね。

●二男の場合。中二で留学
二男は、兄の留学の時期に合わせて、ニュージーランドに連れてこられたようなものです。2005年4月にニュージーランドに来たときは、まだ中学2年生になったばかりで、英語は中学校で一年勉強しただけでした。最初の3ヶ月間は、長男も二男も同じ語学学校に通いましたが、ホームステイは、それぞれ別の家庭にお世話になりました。お互いの家は離れていたため、学校でも英語、家庭でも英語の連続で、ストレスの毎日だったことでしょう。好きで留学したわけではなかったので、なんでこんな目に・・・との思いは大きかったと思います。しかし、英語の世界へは、わりかしスムーズに入っていけたようです。年齢的にも適齢だったかもしれません。

●英語環境
留学した4年前の中2の時期は、国語習得の大事な時期でもありましたが、もともと本を読むのが好きで、それも若者向け日本の小説を、暇さえあればパソコンを通して家で読んでいましたので、国語は日本に復帰してからでも何とかなるだろうと思いました。
彼は英語の本を読むのも早くなりました。「ハリーポッター全巻」、「ナルニア物語全巻」、「ダビンチコード」もすべて読破しました。ストーリーの記憶もすばらしく、皆を驚かせたものです。
英語環境も良かったと思います。Howick Collegeに日本人学生はまれで、英語の世界にどっぷりつかりました。カレッジ在籍の3年間が、徐々に英語の耳を鍛えていってくれたと感謝しています。
同カレッジに韓国人留学生は年々多くなってきて、彼らは母国語でもって集団で行動するため、英語取得の観点からは好ましくないと思われました。日本人留学生も、所変わればそういった話を聞くことも多いです。ほんとうに良い学校を紹介してもらったと喜んでいます。

●課外活動や人々との交わり
もともと彼は消極的であるけれど、放課後のアクティビティでは、現地の子供達と接触する機会を多く得ました。ボーイスカウトに所属したり、柔道の道場にかよったり、ソーシャルスタディの課外活動ではよい先生に恵まれたり、すばらしい体験をさせてもらいました。
思うに、ゆっくりとしたニュージーランドの学校生活と、人々のライフスタイルは、彼にとって好都合だったと思います。3時に学校が終わると、アクティビティやインド料理レストランでのアルバイトを除き、あとは自分の時間となりました。好きなロボットの組み立てにコンピューターに向かったり、小説を読んだりすることができたのです。
しかし今は、多くのアクティビティを止めて、来年の大学入試対策に追われています。日本の大学に入りたい。そして好きなロボットの勉強をしたいという希望をもっており、ニュージーランド留学情報センター内にある塾「塾天」にも毎週通って、受験勉強に励んでいます。
さて、ロボットといえば、そろそろ完成間近のはずですが、ホウイックカレッジの学生有志が集まってロボットを作成しており、学校の課外活動として、一所懸命取り組んでいます。

●長女、礼花の体験
小学校5年生だった長女も、今年中学3年生になりました。はじめてニュージーランドに来た時は、まったく話せない状態で、二週間だけひとりでお世話になったホームステイ先で、落ち込んだこともあったようです。
けれども、慣れてくるにしたがって、友達も徐々に増えていきました。持ち前の明るさと、おしゃべりが幸いして、今では、兄弟の誰よりも流暢な英語を話すようにもなりました。この年頃は、恥ずかしがらないので、言葉の意味がわからなかったら質問して、どんどん言葉の数も増えていったようです。
そして、オークランドで少女時代を謳歌したのも彼女が一番でしょう。インターミディアットの2年間と、カレッジの1年間はとても楽しかったようです。体育の時間や休み時間は校庭を走り回り、テクノロジーや課題学習の時間には、グループ作業に熱中したりしました。帰宅するといつも、「今日は楽しかった。」と満足げでした。
来年の高校入学では日本を選んだので帰国となりました。けれども、ニュージーランドの友人とはメールを通じて交際は続いており、今年夏休みにはまた、一ヶ月の留学でベストフレンドの家にお世話になる予定です。

●三男について
ニュージーランドに来た時、三男は小学校3年生に進級したばかりでした。彼の場合は、留学するには時期が早すぎたようです。個人差がありますが、もともと言葉の発達が遅く、本を読むより体を動かすほうが好きな子は、母国語の基礎がある程度できてから留学するほうが良いと実感しました。
しかし、同年齢で韓国から来た女の子は、言葉の発達が早く、勉強が楽しくて仕方ないという子だったので、わずか2年の間に英語を勉強する基礎ができあがったようです。おそらく、韓国に帰国した今、ニュージーランドで培った英語をそのまま伸ばしていっていることでしょう。
わずか1年8ヶ月のニュージーランド滞在でしたが、彼はサッカークラブに所属したり、自ら友達に電話して遊びの約束をしたり、遊びを通して学ぶところも多かったと思います。
けれど、何より国語の発達の後れが心配で、2006年の12月に帰国させることにしました。
そして帰国して2年たった今年春、中学に入学しました。やはり英語の授業が物足りないと感じているようですので、英語検定試験などに挑戦させたいと思っているところです。

●おわりに
ホストファミリーとの思い出
2009年3 月、長男と二男は、Taranaki(北島の南西)にあるMt Egmontの山開きで、ホストファミリーの息子とドイツ人ホームステイ学生の4人で、ほかの2百人あまりの参加者と一緒に登頂に成功しました。写真はそのときの山頂からのものです。

Taranakiは、私たちが4年前にオークランドに来た時以来の友人である、ホストファミリーのお母さんの故郷でもあります。彼女が初めてTaranakiに招待してくれたのは、2006年のイースター休暇でした。そのときに、Mt Egmontを背景にして撮った写真は、私達のホームページを飾ってくれたものです。
そして、2008年2月、彼女は山開き登山に参加しないかと、再び私達を誘ってくれたのです。彼女と彼女の息子、わが長男と長女に私の5人は2,518メートルの登山に挑戦しました。(そのときの話は、また別の機会に。)そして、彼女の息子とわが長男は、今回は2回目となりました。
 そんな風に、ここにはこれまで数回訪れていて、Taranakiは私達の思い出の地となっています。Taranakiに住んでいる彼女のお母さんは、私達をいつもキーウイ料理でもてなしてくれました。今回の登山で訪れた皆もきっと、大きなオーブンから出てくる、彼女の愛情たっぷり、スタミナいっぱいの料理に舌鼓を打ったことでしょう。

これから
ニュージーランドの自然と美しい町並み、個性豊かな家々、そして人々の生活。短い4年足らずの滞在でしたが、教会の英語サークルなどを通して知り合った人々との思いでは、私の宝となっています。今もメールで近況報告をしてくれる友人がいて、ありがたく思います。
さて、日本に戻って数ヶ月過ぎました。4月の入学式も終わり、子供達は学校にもどりました。私もいまから自分の生き方を見つけようと思っています。
幸い、週に数時間ですが、地元から少し離れた小学校で、今年から始まった学校教育の「英語活動」のお手伝いをすることになりました。ニュージーランドで感じたことなどを通して、子供達が英語に親しみ、世界を知るきっかけになってくれるといいなと思っています。


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